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アミノ酸とコドン
様々な疾患の発症、増悪に関与しているといわれている活性酸素であるが、これには多くの分子種が含まれる。その中の過酸化水素は安定性が高くそのために反応性が低い、すなわち毒性が低い分子種であるが、フェントン反応などにより極めて反応性が高いヒドロキシルラジカルへと変換される。さらに、過酸化水素は安定性が高い...
過酸化水素の主な分解酵素としてグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)が上げられる。GPxはその活性中心にセレンをセレノシステイン(Sec)の形で持っている、いわゆるセレノプロテインの1種である。Secはシステインのイオウ部分がセレンに置き換わった分子構造を持つ。セレノプロテインは真正細菌、古細菌、真核生物と生物界に広く存在している。
タンパク質を構成するアミノ酸は、教科書的には対応するコドンを持つ20種類であるとされているが、実際にはそれら以外の他種類のアミノ酸で構成されている。20種以外のアミノ酸残基は翻訳後修飾によって合成されるが、このSecは例外でありオパールコドンによりコードされている。通常であれば伸長反応が停止するはずであるが、セレノプロテインの3’UTRにはセレノシステイン挿入配列(SECIS)と呼ばれる配列があり、ここにある因子が結合することによりSecが挿入されることになる。このようにして本来終止コドンであったオパールコドンを異なるコドンに読み替えているのである。
2002年にこのような特殊なアミノ酸がもう一つ見つかっている。このアミノ酸、ピロリシン(Pyl)はリジンにピロリン環が結合した形を持ち、アンバーコドンでコードされている。Secと異なりPylは、今のところ古細菌でのみ見いだされており、このことはPylの翻訳系が古細菌の分岐後できたことを示唆する。Secが普遍的に存在することからPylはSecよりも遅れてやってきたのかもしれない。
しかし、この考えにも問題がある。なぜならば、Plyは他の20種のアミノ酸と同様にアミノアシルtRNA合成酵素によってtRNAに直接結合させられることによりアミノアシルtRNAとなるが、Secはまずセリンの形でアミノアシルtRNA合成酵素によってtRNAに結合し、その後結合状態のままで修飾を受けセレノシステイル-tRNAになるからである*1。他のアミノ酸と合成方法に共通性が高いPylは、この観点からみれば、Secよりも早くやってきたように思える。さらにPylはSECISのような構造を必要としないことや、Pylを持つ生物において、アンバーコドンが終止コドンとして使用される率が他の終止コドンと比べて著しく低いという報告もある*2。
かつて遺伝暗号は固定されていると考えられていたが、コドン捕獲説の提唱以来実際には現在でも進化の途上にあることがわかってきている。これらの2種類のアミノ酸とそのコドンもその顕著な例なのだろう。
1:複雑なセレノシステイル-tRNA合成経路はセレンの持つ毒性の影響を最小限にするためかもしれない。また、大量に存在するイオウとセレンを厳密に分ける手段として存在している可能性もある。
2:Zhang Y, Baranov PV, Atkins JF, Gladyshev VN. Pyrrolysine and selenocysteine use dissimilar decoding strategies. J Biol Chem. 2005;280:20740-51. ]]>
進化
2007-08-03T16:32:06+09:00
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マイクロアレイ法を用いた分子進化研究
最近のマイクロアレイ法は、アレイ作成および検出などの技術面およびデータ解析手法の向上、また価格面の低下により、遺伝子発現解析方法として身近なものとなってきている。
分子進化の研究においてもアレイを用いた研究がしばしば見られるようになってきた。
2006年にGiladらがNatureに報告したle...
分子進化の研究においてもアレイを用いた研究がしばしば見られるようになってきた。
2006年にGiladらがNatureに報告したletterもマイクロアレイ法を用いた研究である*1。
この研究ではHuman、Chimpazee、Orangutan、およびRhesus macaqueを選択し、1056個のorthologousな遺伝子をプローブとして1つのアレイ上に配列している。
これまでのヒトの配列に基づいてデザインされたアレイでは、ミスマッチが生じるためにintensityから発現量を見積もるときにバイアスがかかってしまうが、このバイアスが除かれることになる。また、各種ごとにアレイを作成して比較するよりも、アレイ間に生じる誤差が排除されるために、誤差の少ない結果が得られる。このアレイを用いて、各種それぞれ雄5個体の肝臓における発現プロファイルを比較検討している。
論文中のTable1を見ると、発現が異なる遺伝子の数は、それぞれの種間でおよそ110から180の範囲である。例えばヒトとチンパンジーでは110であった。
ヒトと他の3種間で発現パターンが異なったものは19遺伝子で、そのうちヒトにおいてのみ発現量が高いものは14であった。この14遺伝子の中には5つの転写因子が含まれている。アレイ中には10%の転写因子が存在しているので、この割合は42%(5/12)と有意に高い(p=0.003)。他の種、例えばチンパンジーにおいてのみ発現量が高い遺伝子にはこのような傾向は見いだせなかった。また、この転写因子遺伝子の発現レベルの急速な進化に加えて、塩基配列の急速な進化も見られることが文献的に示されている。ヒトの進化において転写因子は重要な役割を持つのだろう。
ここで私が疑問に思うのはなぜ著者らが肝臓をサンプルとして用いたのか、ということである。
よく知られているように肝臓にはinducibleなタンパク質が多く発現している。これらの発現には転写因子も関与しており、ヒトの食生活など、他の種とは大きく異なる後天的な要因に起因する発現変化もあるのではないかと思う。むろんこのような変化は遺伝しない。こう考えると、違う組織をサンプルとして用いたほうがよいのではないかと思うが、なにか理由があるのだろう。
以前に「ヌクレオチド置換型突然変異の頻度」で紹介したダーウィンフィンチの進化に関する研究もマイクロアレイを用いたものである。今後はこういった研究が増えていくのではないだろうか。
1: Gilad Y, Oshlack A, Smyth GK, Speed TP, White KP. Expression profiling in primates reveals a rapid evolution of human transcription factors. Nature. 2006;440:242-5. ]]>
進化
2007-01-27T11:11:05+09:00
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月の名について
11月も半ばが過ぎ、今年もそろそろ終わりである。11月は英語でNovemberだが、この単語の語源がラテン語のNovemberであることはよく知られている。有機化学を学んだ経験があるものならすぐ気づくのだが、novemは数字の9であり、Novemberは9番目の月の意味となる。
9番目の月という意...
9番目の月という意味であるにもかかわらず、11月となったのはむろん理由があるのだが、しばしば間違った理由で記憶されている。
その誤った理由とはこのようなものである。もともとSeptemberはラテン語では7番目の月の意味通り7月を意味し、Octoberは同じく8月を意味していた。ところが、帝政の基礎を築いたJulius Caesarがそれまでの暦よりも精度の高いユリウス暦に改革したとき、自分の誕生日がある7月をJuliusと名付けてはめ込んでしまった。さらに初代ローマ皇帝となるAugustusも養父であるCaesarをまねて、トラキア、アクティウムの戦いの戦勝記念として8月をAugustusとして組み込んでしまい、結果として元の7月(September)、8月(October)は後ろにずれ込んで9月、10月となってしまった。
実際はこれとは異なっている。ローマの暦ができたときには(これはローマの建国者Romulusによる制定とされている)、現在は1月がその年の始まりであるが、Martius(3月)がその始まりとされていた。そして1ヶ月は30あるいは31日で、December(10月)でその年は終わる。そして冬の間は暦がなく、春の訪れとともに暦が始まるのである。これは、その当時は冬の間は農耕にしても軍事にしても何もできない状態であったので、暦が不要であったためではないかとされている。もちろんこのような暦は文明が少しでも進歩し、冬にも活動可能となるとたちまち不便になる。そのため次代の王によって11月および12月が創設された。このとき11月はローマの門神であるJanusを讃えてJanuariusと名付けられた。
この時点の5月はQuintilis(5番目の月)であり、6月はSextilis(6番目の月)である。すなわち月と言葉の意味が一致している。そしてそのまま3月を年初の月としていれば月と言葉の意味の不一致は生じなかったはずであるが、ローマの門神であるJanusの月が年の後ろにあるのはおかしい、年初がふさわしいという考え方が出てきた。そのため、Januariusを1月に変更し、Februariusを2月と後方に2ヶ月ずつずらしてしまった暦が考案された。この暦ではQuintilisは7月、Sextilisは8月、そして9番目の月であるNovemberは11月となってしまう。
この暦は公的に採用されたのであるが、元のMartius(3月)が始まりである暦に戻されたこともあった。また民間ではMartius(3月)が年初である暦が利用され続いていた。最終的に、Januariusが1月となったのはユリウス暦からである。
CaesarはJulius(7月)を組み入れたのではなく、すでに7月を意味するようになっていたQuintilisをJuliusに変更したのである。]]>
歴史
2006-11-18T10:54:13+09:00
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レトロポゾンを指標とした系統分類
進化と呼ばれる現象に関する誤解はしばしば見いだされる。
例えばYahooの掲示板の中でも、下記のような発言がみられた。
>DNAの解析からカバが鯨になるのに六千万年掛かったことが分かっています。生物の進化というのは、そのくらいのスパンで考えて下さい。
むろんカバがクジラになったわけでは...
例えばYahooの掲示板の中でも、下記のような発言がみられた。
>DNAの解析からカバが鯨になるのに六千万年掛かったことが分かっています。生物の進化というのは、そのくらいのスパンで考えて下さい。
むろんカバがクジラになったわけではなく、カバとクジラの共通祖先からそれぞれが別れたのが6000千万年前だということである。
このような誤解の延長に、「サルはいつヒトになるのか?」といった質問があるのだろう。
さて、カバとクジラの類縁関係は、本邦では東工大の岡田らによるレトロポゾンを利用した研究が著名である*1。これまでの形態などに由来する古典的系統分類では、クジラ類に対して偶蹄目は単系統であると考えられていた。しかし、彼らの研究によってそれが否定されてきている。
従来の形態的特徴による分類法による結果と、核やミトコンドリアDNAの塩基配列を元にした分類では、しばしばその結果に不一致が見いだされている。これはその一例であるといえるだろう。見た目というのは素人にもわかりやすいものだが、それは必ずしも正しいわけではないようである。現在の進化学は高度に専門化された分野となっている。
1:http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/]]>
進化
2006-11-16T18:32:59+09:00
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インシュリンC-peptide
よく知られていることだが、タンパク質を構成するアミノ酸鎖の一次配列進化速度は一様ではない。すなわちそのタンパク質の持つ機能に関して重要な部分とそうでない部分においては進化速度に差が存在する。ヘモグロビンのヘム結合部位周辺と表面部位におけるアミノ酸置換率kaaは10倍程度の差があることが知られている*...
Sangerによって最初にアミノ酸配列が明らかにされたプロインシュリンが3つのペプチド鎖からなる構造を持っていることはよく知られている。この中のインシュリンに変換される過程で切り捨てられるC-peptideは、かつては機能を持たないと考えられ中立進化の一例としてしばしば上げられてきた。例えば「生物進化を考える(木村資生著、岩波新書)」においてこのように記載されている。
「インシュリンについては進化におけるアミノ酸置換率は1年あたり0.4x10^-9と遅いことがわかっているが、切り離し捨てられる部分Cにおけるアミノ酸置換率はインシュリンの率の数倍になる」(p210)
ところが生理的役割を持たないと考えられていたC-peptideは、1997年のScience*2で生理活性を持つことが示唆されて以来その生理活性に関する研究がなされており、性質が明らかにされつつある。その生理作用は血管内皮細胞からのNO放出の促進に関与するらしい。
C-peptideの進化速度について調べてみたところ、残念ながら原著は見つけることができなかったが、下記サイト*3において記載を見いだした。これによるとインシュリンのアミノ酸置換率kaaは0.4x10^-9/yearであるに対してC-peptideのそれは2.4x10^-9/yearと6倍の速度を示すらしい。これらのプロインシュリン分子内のペプチドにおける進化速度の違いは何に起因するのだろうか?
C-peptideと同様のペプチドとして、フィブリノーゲンに由来するフィブリノペプチドがある。このペプチドのkaaは9x10^-9/year程度である。私が調べた範囲では、このペプチドには生理活性の存在は認められていない。この値に比べると小さい2.4x10^-9/yearという値はおそらくC-peptideの機能的重要性や高次構造の重要性に起因しているのだろう。
また、0.4x10^-9/year よりも大きな値は、C-peptideの生理作用がレセプター経由ではないために多少の立体構造の違いは無視できるためであるのかもしれない。あるいはC-peptide持つ生理作用の重要性はインシュリン本体よりも低いのかもしれない。
今後のC-peptideの生理作用に関する研究成果が待たれる。
1:Kimura M and Ohta. Mutation and evolution at the molecular level. Genetics.1973;73(Supplement):19-35.
2:糖尿病マウスにおいて、ヒトC-peptide投与により血管および神経機能障害が抑制あるいは低減され、また組織におけるNa+- and K+-dependent adenosine triphosphate activity活性が減少させられることが示されている。この作用はレセプター経由ではないらしい。(Ido Y. et al. Science 1997;277:531-2.)
3:http://www.primate.or.jp/PF/yasuda/40.html]]>
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2006-08-27T00:39:11+09:00
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マメ科植物の進化におけるP450
大豆に含まれるイソフラボンが健康によいといわれている。このイソフラボンはフラボノイドの一種であり、フラボノイドは植物に広く存在している。例えば、色素として著名なアントシアニンなどが上げられるが、色素としての作用以外にもフラボノイドは菌性寄生生物や病原体に対する予防効果、あるいは酸化ストレスに対する防...
マメ科植物の持つイソフラボノイドの中にはphytoalexin(注1)として作用があることが知られている。これは他のフラボノイドにも共通する植物の生体防御効果の一種だと思われる。しかし、これだけではなく、マメ科に特徴的な根粒菌を根に誘引する物質がイソフラボノイドの一種であることも明らかにされている。
マメ科植物におけるイソフラボノイド類産生の出発基質は(2S)-フラバノンであり、マメ科特有のシトクロムP450分子種であるCYP93C2による触媒反応によってアリール基が転移され、2-ヒドロキシイソフラバノンが生成される(参考文献1、Fig.1参照)。
シトクロムP450(P450)は動物、植物、細菌と生物界に広く分布するモノオキシゲナーゼである。非常に多くの分子種が存在し、進化過程の早い段階で祖先遺伝子が生まれ、そこから分岐していったと考えられている。現在P450はアミノ酸配列の相同性に基づいて分類されており、40%以上相同のものをファミリー、55%以上相同のものをサブファミリーとして区分している。この分類に従うと、例えばCYP1A1と記載されることになる。
動物においては肝臓、副腎、生殖腺、脳など多くの臓器に分布しており、その生理的作用は、xenobiotics代謝、ステロイドホルモン産生、ビタミンD産生、プロスタグランジン産生と非常に多様である。植物ではオーキシンやジベレリン産生などに関与することが知られている。細胞内ではミトコンドリアと小胞体に局在している。
P450は約500のアミノ酸残基からなり、活性中心にプロトヘムを持つヘム含有タンパク質の一種である。ヘムの第5配位座がシステイン残基を介してタンパク部分と結合している。第6配位座には水が配位しており、P450への基質の結合によりここに分子状酸素が結合できるようになる。P450はその反応に2つの電子を要求する。おもな還元力はNADPHであり、小胞体ではこれはP450還元酵素を介して与えられる*4。
CYP93C2を含むCYP93CファミリーはCYP93ファミリーに含まれ、非マメ科植物に広く分布するフラボン合成酵素、CYP93Bファミリーと相同性が高い(参考文献5、Fig. 6)。先祖型のフラボン合成酵素活性を持つ P450 より現存の CYP93B が生じる一方,遺伝子重複といくつかのアミノ酸残基を含む変異の蓄積によりCYP93Cが生じたと考えられている*1、5。
また、CYP93C2はタンパク分子的に不安定であることが示されている。これはおそらく、アリール基が転移といった大きな変化を触媒するために、binding pocketが他のP450分子種よりも広いためだと考えられている。このような分子的不安定性といった進化的に不利な条件を持っているにもかかわらずCYP93C2分子が淘汰されなかったということは、CYP93C2によって産生されるイソフラボノイドの持つ生理活性、すなわち生体防御や共生などに関与する生理活性が、生存において有利であったためであろうと考えられている。CYP93C2は一酵素の遺伝子の変異が共生という現象を生み出す原因の一つとなったという例でもあり、進化という面から見ても非常に興味深い酵素である。
注1:植物が病原菌の感染を受けたときに新たに生合成される低分子量(分子量が100~500ぐらいのものが多い)の抗菌活性物質
1:http://www.brs.nihon-u.ac.jp/~bunshi/youshi3.html
2:http://www.kamoltd.co.jp/kyokai/No28/iwasina.html
3:Sawada Y, Kinoshita K, Akashi T, Aoki T, Ayabe S. Key amino acid residues required for aryl migration catalysed by the cytochrome P450 2-hydroxyisoflavanone synthase.
Plant J. 2002;31:555-64.
4:大村恒雄・石村巽・藤井義明 編、「P450の分子生物学」講談社サイエンティフィク(2003)
5:Sawada Y, Ayabe S. Multiple mutagenesis of P450 isoflavonoid synthase reveals a key active-site residue. Biochem Biophys Res Commun. 2005;330:907-13.
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2006-08-15T16:33:56+09:00
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ヌクレオチド置換型突然変異の頻度
DNA分子は同じ生体構成成分であるタンパク質と比較して物理化学的に安定であると言われている。しかし、実際には遺伝子コードそのものである塩基部分はそれほど安定ではない。
DNAの損傷マーカーの1つに8-OH-デオキシグアノシン(8-OHdG)が上げられる。これは活性酸素やUVによってグアニン塩基が損...
DNAの損傷マーカーの1つに8-OH-デオキシグアノシン(8-OHdG)が上げられる。これは活性酸素やUVによってグアニン塩基が損傷を受けて生じるものであるが、この塩基はグアニンが通常ペアーを作るシトシンの代わりにアデニンとペアーを作ってしまうことがあることが知られている*1。そのためこの損傷は突然変異の原因の1つであるが、自然状態でもこの8-OHdGは塩基あたり1×10^-6個存在することが知られている。ヒト遺伝子DNAの全ヌクレオチド数はおよそ3×10^9であるから、核DNA分子中に3×10^3個の変異が常に存在し、修復されていることになる。8-OHdGの他にも同様の突然変異の原因である水酸化塩基として2-OH-デオキシアデノシンなどが知られている。これらの存在頻度は8-OHdGと比べて低い。細胞内は多くの刺激により様々な異常が生じているが、それらは多様な修復機構の存在により安定に保たれている。同様に核DNAも破損しても常に修復されることにより、安定にみえているのに過ぎない。
むろんこの修復にも限界があり、変異がそのまま残る場合も少なくない。体細胞であれば、これはがんの原因のひとつであることは間違いないが、子孫に遺伝することはない。しかし生殖細胞であれば遺伝する。過去の研究により、世代あたりのヌクレオチド置換型突然変異の頻度は1×10^-8であることがわかっている。この値は先程の8-OHdGの頻度と比べるとかなり低い。これはほとんどの変異が修復されていたり、変異DNAを持つ細胞が何らかの手段で排除されたり、あるいは変異を持った個体が発生途中あるいは誕生直後に致死に至るなどの理由で子孫に遺伝しなかったことを意味している。また、すでに見つかっているのかもしれないが、生殖細胞には体細胞にはない変異防御機構が存在することも考えられる。
この世代あたりのヌクレオチド置換型突然変異の頻度より、親と子供間のヌクレオチド突然変異数はおよそ30であることが算出される。このほとんどは中立変異であると予測される。放影研によって、電気泳動の移動度に変化を生じさせる突然変異の遺伝子座あたりの割合は、世代あたり約0.5×10^-5である*2ことが報告されている。ヒトの遺伝子は約30,000個と言われており、このことからタンパク質のアミノ酸配列に変化を与える、すなわち形質に影響を与える変異は、世代あたり約0.3となる。つまりおよそ3組に1組の親子間で形質に影響を与える変異が起こっている計算になる。これほどの高い確率で表現型に影響を与える変異が起こっているのならば、大部分は中立かほぼ中立あるいは不利な変異であったとしても、集団としてみた場合、中には生存に有利な変異も起こることは容易に想像できる。むろんこの数値は集団内への固定確率とは全く異なるものであるが、遺伝子レベルでは進化という現象は常に起き続けていると考えてよいと思われる。今回はヌクレオチド置換型突然変異のみ考慮しているが、他にも遺伝子そのものの重複など様々な変異などがあり、むろんこれらの影響も大きい。
ごく最近Nature誌にダーウィンフィンチの進化に関してマイクロアレイ法を用いて解析を行った研究が報告されている*3。著者らは、7種のフィンチを用いて、その発生途中のくちばし原基において発現しているmRNAを解析している。その結果、カルモジュリンがくちばしの伸長に影響を与えていることが見いだされた。同じ著者らの過去の研究結果と併せて、フィンチのくちばしの形成にはカルモジュリンとBMP4(bone morphogenetic protein 4)の両者が大きく関与していることが示されている。これらの発現系の調節系といった、さほど大きな変異があるとは思えない変異によって、形態が大きく影響を受け、種としての違いが生じていることは非常に興味深い。
1:Cheng KC, Cahill DS, Kasai H, Nishimura S, Loeb LA. 8-Hydroxyguanine, an abundant form of oxidative DNA damage, causes G----T and A----C substitutions. J Biol Chem. 1992;267:166-72.
2:http://www.rerf.or.jp/nihongo/radefx/genetics/bloodpro.htm
3:Abzhanov A, Kuo WP, Hartmann C, Grant BR, Grant PR, Tabin CJ. The calmodulin pathway and evolution of elongated beak morphology in Darwin's finches. Nature. 2006;442:563-7.]]>
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2006-08-07T22:41:59+09:00
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種分化について
進化において、種形成がどのような機構で起こっているか、といった問題は重要である。当然ではあるが、この問題に関しても研究は進められている。その一例が、平成14年度発足特定領域文部科学省科学研究費補助金「特定領域研究」種形成の分子機構(領域代表者 岡田典弘(東京工業大学大学院生命理工学研究科 教授)))...
この研究の概要を読めば、「種形成の分子レベルでの機構解明」といった研究が現実に行われていることがわかる。この中には、A05のように、人工的に倍数体を導入することにより種分化を引き起こす研究が含まれている。進化否定論者の中に、「種内の進化は認めるが種分化すなわち新しい種が生じるような進化の実例は認められない」、といった考えを持つものがいるが、それが誤りであることがわかる。
次に、種分化における正の選択例について最近の研究に触れてみる。
これは宮田隆を研究代表者とする文科省科研費による研究である「生物多様性の分子生物学」の中の、岡田(東工大)らによる「ビクトリア湖に棲息する魚類シクリッドの多様性と種分化の分子機構」からの抜粋である。
(引用開始)
シクリッドとはカワスズメ科魚類の総称で世界の熱帯域に広く分布している。しかしそれらの種の約7割。千数百種はアフリカのたった3つの湖に生息し、この種数は世界に生息する全淡水魚の10%にも及ぶ。
(中略)
これまでに私達のグループではヴィクトリア湖のシクリッドの遺伝的背景を種々の分子マーカー(SINEs:短い散在性の反復配列、核DNA、ミトコンドリアDNA)を用いて調べてきた。その結果、ヴィクトリア湖のシクリッドすべての種において一つの種で見られる種内の中立的な核DNAの変異の多型は他の種でも保持されていること、つまり種特異的な中立的な変異が見いだされないことを明らかにしてきた。これは短期間に種分化を起こしたため中立的変異が固定していないまま種が分かれたためだと考えられる。またこれらの中立的な変異は100万年以上も前から河川の祖先種の集団において蓄積されてきた。このような遺伝的背景からはヴィクトリア湖のシクリッドはまだ種として未熟であり分化しきれていないように見えるが、しかしこれらの種は形態的、生態的には種として確立している。これらのことからヴィクトリア湖のシクリッドにおいて形態の形成や生態に関与し、かつ種の分化、形成にも関与した遺伝子の変異は強く正の選択を受けてきて種内にその変異が固定され種特異的な置換になっていると考えられる。
(以下略)
ここに報告されているように、中立的変異の固定は正の選択を受けて固定される場合よりも遙かに世代数が必要だ。ヴィクトリア湖のシクリッドは自然選択の例としてしばしば研究対象として報告されている。
なお、この研究に関しては岡田教授の研究室のサイト*2において、特定領域研究の研究例としても紹介されている。
さて、このような中立である場合や正の淘汰がある場合の固定確率は集団遺伝学的にはどのように扱われているのだろうか?これについては後に議論してみる。
余談ではあるが、最初に述べたとおりこの研究は「生物多様性の分子生物学」というテーマではじめられた大きな研究の一部である。その研究内容は3を参照していただけるとわかる。
彼らの研究内容をみればわかるとおり、種以上の進化、いわゆる大進化に関する分子進化的研究も盛んになされている。この研究状況をみれば、進化否定論者がしばしば引き合いに出す「大進化に関する証拠がない」といった意見は、単にその発言者が知らないだけであることがわかる。
1:http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/tokutei.html
2:http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/
3:http://www.biophys.kyoto-u.ac.jp/shin-pro.html]]>
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2006-08-06T10:50:36+09:00
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眉村卓2
眉村卓は多数のジュブナイル作品を書いている。最も初期の作品である「なぞの転校生」は、学研の中二コースに連載され、「侵された都市」とともに1967年に盛光社より「なぞの転校生」としてB6版で出版された。他のジュブナイル作品と同様に、1975年に秋元書房から文庫版が出版され、さらにこれも他の眉村作品と同...
よく知られているとおり、「なぞの転校生」はNHK少年ドラマシリーズとして放映されている。NHK少年ドラマシリーズは、おそらく筒井康隆原作「時をかける少女」のドラマ化作品「タイムトラベラー」が最も著名な作品だと思うが、眉村作品も著名なものが多く、全部で4作がドラマ化されている。ただしこの中の「未来からの挑戦」は後に角川映画で有名になる「ねらわれた学園」と「地獄の才能」の2作を原作としている。
NHK少年ドラマシリーズは録画テープが貴重であった時代であるために放映後重ね取りをしてしまったなどの様々な理由で作品が失われている例が多いが、なかには視聴者が家庭用のビデオに録画してあったなどのため、現存しているものもある。それらのいくつかの復刻作品がDVD版で販売されていることはすでによく知られていることだろう。
眉村卓のジュブナイル作品は学校を舞台とした侵略ものが多く、いくつかの作品では、設定が同じであるとか、作品間の見分けがつかないといった批判もあるようである。しかし、一般誌ではなく、ましてやSF専門誌でもない、中二コースや中三時代のような特殊な雑誌にもともと連載していたことを考慮すれば致し方ないことかもしれない。
これらのジュブナイル作品の中で私の好きな作品は「まぼろしのペンフレンド」である。この作品も少年ドラマシリーズ化されているが、「ねらわれた学園」などの作品とはかなり趣が異なっており、何ともいえない読後感を与えてくれる。久しぶりに読み直したのだがやはり優れた作品である。なお、ドラマでは池上季実子が出演しており、これは彼女のデビュー作である。テーマ曲は広瀬量平の作曲である。
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SF
2006-07-29T23:22:52+09:00
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大進化と小進化
進化論の専門家が大進化と小進化についてどのように考えているかみてみる。
進化に関して語る場合、しばしば引用されているサイトである河田先生の「はじめての進化論」*1、この中の「第5章 大進化の機構」にそって述べてみる。
「1―生殖隔離と種分化」において、下記のように大進化と小進化に関する定義付...
進化に関して語る場合、しばしば引用されているサイトである河田先生の「はじめての進化論」*1、この中の「第5章 大進化の機構」にそって述べてみる。
「1―生殖隔離と種分化」において、下記のように大進化と小進化に関する定義付けが行われている。
・生物の性質が変化して集団に広まっていくことであった。進化論では、しばしばこれを「小進化」と呼ぶ。
・新しい「種」や「属」が生じたり絶滅したりするプロセスを、「大進化」という。
そして、両者を区分して呼ぶ理由として、「集団内の生物個体の性質の変化である小進化のプロセスでは、新しい「種」の形成などの大規模な進化を説明することができないと考える人がいるからだ。」と記載している。
つまり、大進化は小進化とは異なった機構によって起こるということであろう。
しかしながら、現段階の研究では、下記のように両者を説明するのに異なった機構を持ち込む必要はないと河田先生は述べている。
「突然変異、発生、頻度変化、置換のプロセスで説明のつく適応進化や非適応進化に分岐プロセス(二章参照)を考慮することにより、「新しい種の出現」という大進化も説明できるものと思われる。」
すなわち、大進化と小進化といった区分は過去のものであり、進化の機構に関する様々な知見が得られている現段階では、両者を区分することに学術的意義を見いだすことはできないと言えるだろう。
1:http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/index.html]]>
進化
2006-07-26T17:22:32+09:00
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