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DNA分子は同じ生体構成成分であるタンパク質と比較して物理化学的に安定であると言われている。しかし、実際には遺伝子コードそのものである塩基部分はそれほど安定ではない。
DNAの損傷マーカーの1つに8-OH-デオキシグアノシン(8-OHdG)が上げられる。これは活性酸素やUVによってグアニン塩基が損傷を受けて生じるものであるが、この塩基はグアニンが通常ペアーを作るシトシンの代わりにアデニンとペアーを作ってしまうことがあることが知られている*1。そのためこの損傷は突然変異の原因の1つであるが、自然状態でもこの8-OHdGは塩基あたり1×10^-6個存在することが知られている。ヒト遺伝子DNAの全ヌクレオチド数はおよそ3×10^9であるから、核DNA分子中に3×10^3個の変異が常に存在し、修復されていることになる。8-OHdGの他にも同様の突然変異の原因である水酸化塩基として2-OH-デオキシアデノシンなどが知られている。これらの存在頻度は8-OHdGと比べて低い。細胞内は多くの刺激により様々な異常が生じているが、それらは多様な修復機構の存在により安定に保たれている。同様に核DNAも破損しても常に修復されることにより、安定にみえているのに過ぎない。

むろんこの修復にも限界があり、変異がそのまま残る場合も少なくない。体細胞であれば、これはがんの原因のひとつであることは間違いないが、子孫に遺伝することはない。しかし生殖細胞であれば遺伝する。過去の研究により、世代あたりのヌクレオチド置換型突然変異の頻度は1×10^-8であることがわかっている。この値は先程の8-OHdGの頻度と比べるとかなり低い。これはほとんどの変異が修復されていたり、変異DNAを持つ細胞が何らかの手段で排除されたり、あるいは変異を持った個体が発生途中あるいは誕生直後に致死に至るなどの理由で子孫に遺伝しなかったことを意味している。また、すでに見つかっているのかもしれないが、生殖細胞には体細胞にはない変異防御機構が存在することも考えられる。

この世代あたりのヌクレオチド置換型突然変異の頻度より、親と子供間のヌクレオチド突然変異数はおよそ30であることが算出される。このほとんどは中立変異であると予測される。放影研によって、電気泳動の移動度に変化を生じさせる突然変異の遺伝子座あたりの割合は、世代あたり約0.5×10^-5である*2ことが報告されている。ヒトの遺伝子は約30,000個と言われており、このことからタンパク質のアミノ酸配列に変化を与える、すなわち形質に影響を与える変異は、世代あたり約0.3となる。つまりおよそ3組に1組の親子間で形質に影響を与える変異が起こっている計算になる。これほどの高い確率で表現型に影響を与える変異が起こっているのならば、大部分は中立かほぼ中立あるいは不利な変異であったとしても、集団としてみた場合、中には生存に有利な変異も起こることは容易に想像できる。むろんこの数値は集団内への固定確率とは全く異なるものであるが、遺伝子レベルでは進化という現象は常に起き続けていると考えてよいと思われる。今回はヌクレオチド置換型突然変異のみ考慮しているが、他にも遺伝子そのものの重複など様々な変異などがあり、むろんこれらの影響も大きい。

ごく最近Nature誌にダーウィンフィンチの進化に関してマイクロアレイ法を用いて解析を行った研究が報告されている*3。著者らは、7種のフィンチを用いて、その発生途中のくちばし原基において発現しているmRNAを解析している。その結果、カルモジュリンがくちばしの伸長に影響を与えていることが見いだされた。同じ著者らの過去の研究結果と併せて、フィンチのくちばしの形成にはカルモジュリンとBMP4(bone morphogenetic protein 4)の両者が大きく関与していることが示されている。これらの発現系の調節系といった、さほど大きな変異があるとは思えない変異によって、形態が大きく影響を受け、種としての違いが生じていることは非常に興味深い。

1:Cheng KC, Cahill DS, Kasai H, Nishimura S, Loeb LA. 8-Hydroxyguanine, an abundant form of oxidative DNA damage, causes G----T and A----C substitutions. J Biol Chem. 1992;267:166-72.
2:http://www.rerf.or.jp/nihongo/radefx/genetics/bloodpro.htm
3:Abzhanov A, Kuo WP, Hartmann C, Grant BR, Grant PR, Tabin CJ. The calmodulin pathway and evolution of elongated beak morphology in Darwin's finches. Nature. 2006;442:563-7.
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進化において、種形成がどのような機構で起こっているか、といった問題は重要である。当然ではあるが、この問題に関しても研究は進められている。その一例が、平成14年度発足特定領域文部科学省科学研究費補助金「特定領域研究」種形成の分子機構(領域代表者 岡田典弘(東京工業大学大学院生命理工学研究科 教授)))である*1。
この研究の概要を読めば、「種形成の分子レベルでの機構解明」といった研究が現実に行われていることがわかる。この中には、A05のように、人工的に倍数体を導入することにより種分化を引き起こす研究が含まれている。進化否定論者の中に、「種内の進化は認めるが種分化すなわち新しい種が生じるような進化の実例は認められない」、といった考えを持つものがいるが、それが誤りであることがわかる。

次に、種分化における正の選択例について最近の研究に触れてみる。
これは宮田隆を研究代表者とする文科省科研費による研究である「生物多様性の分子生物学」の中の、岡田(東工大)らによる「ビクトリア湖に棲息する魚類シクリッドの多様性と種分化の分子機構」からの抜粋である。

(引用開始)
シクリッドとはカワスズメ科魚類の総称で世界の熱帯域に広く分布している。しかしそれらの種の約7割。千数百種はアフリカのたった3つの湖に生息し、この種数は世界に生息する全淡水魚の10%にも及ぶ。
(中略)
これまでに私達のグループではヴィクトリア湖のシクリッドの遺伝的背景を種々の分子マーカー(SINEs:短い散在性の反復配列、核DNA、ミトコンドリアDNA)を用いて調べてきた。その結果、ヴィクトリア湖のシクリッドすべての種において一つの種で見られる種内の中立的な核DNAの変異の多型は他の種でも保持されていること、つまり種特異的な中立的な変異が見いだされないことを明らかにしてきた。これは短期間に種分化を起こしたため中立的変異が固定していないまま種が分かれたためだと考えられる。またこれらの中立的な変異は100万年以上も前から河川の祖先種の集団において蓄積されてきた。このような遺伝的背景からはヴィクトリア湖のシクリッドはまだ種として未熟であり分化しきれていないように見えるが、しかしこれらの種は形態的、生態的には種として確立している。これらのことからヴィクトリア湖のシクリッドにおいて形態の形成や生態に関与し、かつ種の分化、形成にも関与した遺伝子の変異は強く正の選択を受けてきて種内にその変異が固定され種特異的な置換になっていると考えられる。
(以下略)

ここに報告されているように、中立的変異の固定は正の選択を受けて固定される場合よりも遙かに世代数が必要だ。ヴィクトリア湖のシクリッドは自然選択の例としてしばしば研究対象として報告されている。
なお、この研究に関しては岡田教授の研究室のサイト*2において、特定領域研究の研究例としても紹介されている。
さて、このような中立である場合や正の淘汰がある場合の固定確率は集団遺伝学的にはどのように扱われているのだろうか?これについては後に議論してみる。

余談ではあるが、最初に述べたとおりこの研究は「生物多様性の分子生物学」というテーマではじめられた大きな研究の一部である。その研究内容は3を参照していただけるとわかる。
彼らの研究内容をみればわかるとおり、種以上の進化、いわゆる大進化に関する分子進化的研究も盛んになされている。この研究状況をみれば、進化否定論者がしばしば引き合いに出す「大進化に関する証拠がない」といった意見は、単にその発言者が知らないだけであることがわかる。

1:http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/tokutei.html
2:http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/
3:http://www.biophys.kyoto-u.ac.jp/shin-pro.html
進化論の専門家が大進化と小進化についてどのように考えているかみてみる。
進化に関して語る場合、しばしば引用されているサイトである河田先生の「はじめての進化論」*1、この中の「第5章 大進化の機構」にそって述べてみる。

「1―生殖隔離と種分化」において、下記のように大進化と小進化に関する定義付けが行われている。
・生物の性質が変化して集団に広まっていくことであった。進化論では、しばしばこれを「小進化」と呼ぶ。
・新しい「種」や「属」が生じたり絶滅したりするプロセスを、「大進化」という。

そして、両者を区分して呼ぶ理由として、「集団内の生物個体の性質の変化である小進化のプロセスでは、新しい「種」の形成などの大規模な進化を説明することができないと考える人がいるからだ。」と記載している。
つまり、大進化は小進化とは異なった機構によって起こるということであろう。
しかしながら、現段階の研究では、下記のように両者を説明するのに異なった機構を持ち込む必要はないと河田先生は述べている。

「突然変異、発生、頻度変化、置換のプロセスで説明のつく適応進化や非適応進化に分岐プロセス(二章参照)を考慮することにより、「新しい種の出現」という大進化も説明できるものと思われる。」

すなわち、大進化と小進化といった区分は過去のものであり、進化の機構に関する様々な知見が得られている現段階では、両者を区分することに学術的意義を見いだすことはできないと言えるだろう。

1:http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/index.html
進化論は生物学の科学理論として広く受け入れられているが、進化論を否定する説も出ている。これらの否定的説は自然選択説を否定するものではなく、進化という現象そのものを否定するもので、科学的には多数の誤りを含んでいることが専門家によって指摘されている。米国などで多いこの否定的説は、多くは宗教的理由のためである。

日本においても宗教的理由で進化論を否定する論者もいるが、これは少ない。では、日本では進化に対する関心が低いのだろうかといった疑問もでるであろうが、これは間違っているようである。日本では進化に対する関心が高く、そのためか進化論に関する一般書が数多く出版されており、そのために、様々な進化仮説が一般書などよって広く知られているようである。
しかしながら、一般的に知られているそれらの仮説が、進化の専門家の間でどのような評価を受けているかが知られていないことがある。
むろん専門家に受け入れられていない仮説が間違っているとは必ずしも言えない。しかし、現代科学において多くの専門家の批判に耐えられない仮説がよりよい仮説である可能性は低いと言えるだろう。

引用した河田先生のサイト中に「日本の一般書で取り上げられている進化に関する理論と仮説」という題の表がある*1。この表にはブルーバックスなどで一般的にはよく知られている仮説が、専門家の間ではどのような評価を受けているか示されている。
今西進化論、ウイルス進化論や重力進化説などは「進化学のこれまでの研究などを無視したかんちがい理論」と厳しい評価を受けているようである。また、日本版構造主義進化論も「具体的な実証例はまったくなく、実証自体が困難である。」と否定的である。

この一般的評価と専門家による評価との差異はなぜ生じているのだろうか?この理由の1つとして、20世紀後半からの生物学全般にわたる急速な進歩が上げられる。それまでの形態学や行動学を背景としていた進化論は、特に分子生物学と集団遺伝学の進歩の影響を大きく受けて変貌した。これらの新しい生物学は専門的であり、真に理解するためにはこれらの基礎となる遺伝学、統計学や化学、さらに細胞生物学や生化学などの関連分野を学ばなければならない。むろん形態学や行動学も専門的内容であるが、上記に比べれば直感的に理解しやすい面がある。

現在、進化の本体が集団内の遺伝子の経時的変化であることがわかっている。また「進化」は理論ではなく観察されうる現象となったと考えてもよいだろう。

1:http://meme.biology.tohoku.ac.jp/ECOLEVOL/ANIMECO/kawata/imidas2.html


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