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様々な疾患の発症、増悪に関与しているといわれている活性酸素であるが、これには多くの分子種が含まれる。その中の過酸化水素は安定性が高くそのために反応性が低い、すなわち毒性が低い分子種であるが、フェントン反応などにより極めて反応性が高いヒドロキシルラジカルへと変換される。さらに、過酸化水素は安定性が高いために物理的な寿命が長いこともあり、細胞内には過酸化水素の分解酵素が存在している。
過酸化水素の主な分解酵素としてグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)が上げられる。GPxはその活性中心にセレンをセレノシステイン(Sec)の形で持っている、いわゆるセレノプロテインの1種である。Secはシステインのイオウ部分がセレンに置き換わった分子構造を持つ。セレノプロテインは真正細菌、古細菌、真核生物と生物界に広く存在している。 タンパク質を構成するアミノ酸は、教科書的には対応するコドンを持つ20種類であるとされているが、実際にはそれら以外の他種類のアミノ酸で構成されている。20種以外のアミノ酸残基は翻訳後修飾によって合成されるが、このSecは例外でありオパールコドンによりコードされている。通常であれば伸長反応が停止するはずであるが、セレノプロテインの3’UTRにはセレノシステイン挿入配列(SECIS)と呼ばれる配列があり、ここにある因子が結合することによりSecが挿入されることになる。このようにして本来終止コドンであったオパールコドンを異なるコドンに読み替えているのである。 2002年にこのような特殊なアミノ酸がもう一つ見つかっている。このアミノ酸、ピロリシン(Pyl)はリジンにピロリン環が結合した形を持ち、アンバーコドンでコードされている。Secと異なりPylは、今のところ古細菌でのみ見いだされており、このことはPylの翻訳系が古細菌の分岐後できたことを示唆する。Secが普遍的に存在することからPylはSecよりも遅れてやってきたのかもしれない。 しかし、この考えにも問題がある。なぜならば、Plyは他の20種のアミノ酸と同様にアミノアシルtRNA合成酵素によってtRNAに直接結合させられることによりアミノアシルtRNAとなるが、Secはまずセリンの形でアミノアシルtRNA合成酵素によってtRNAに結合し、その後結合状態のままで修飾を受けセレノシステイル-tRNAになるからである*1。他のアミノ酸と合成方法に共通性が高いPylは、この観点からみれば、Secよりも早くやってきたように思える。さらにPylはSECISのような構造を必要としないことや、Pylを持つ生物において、アンバーコドンが終止コドンとして使用される率が他の終止コドンと比べて著しく低いという報告もある*2。 かつて遺伝暗号は固定されていると考えられていたが、コドン捕獲説の提唱以来実際には現在でも進化の途上にあることがわかってきている。これらの2種類のアミノ酸とそのコドンもその顕著な例なのだろう。 1:複雑なセレノシステイル-tRNA合成経路はセレンの持つ毒性の影響を最小限にするためかもしれない。また、大量に存在するイオウとセレンを厳密に分ける手段として存在している可能性もある。 2:Zhang Y, Baranov PV, Atkins JF, Gladyshev VN. Pyrrolysine and selenocysteine use dissimilar decoding strategies. J Biol Chem. 2005;280:20740-51. PR
最近のマイクロアレイ法は、アレイ作成および検出などの技術面およびデータ解析手法の向上、また価格面の低下により、遺伝子発現解析方法として身近なものとなってきている。
分子進化の研究においてもアレイを用いた研究がしばしば見られるようになってきた。 2006年にGiladらがNatureに報告したletterもマイクロアレイ法を用いた研究である*1。 この研究ではHuman、Chimpazee、Orangutan、およびRhesus macaqueを選択し、1056個のorthologousな遺伝子をプローブとして1つのアレイ上に配列している。 これまでのヒトの配列に基づいてデザインされたアレイでは、ミスマッチが生じるためにintensityから発現量を見積もるときにバイアスがかかってしまうが、このバイアスが除かれることになる。また、各種ごとにアレイを作成して比較するよりも、アレイ間に生じる誤差が排除されるために、誤差の少ない結果が得られる。このアレイを用いて、各種それぞれ雄5個体の肝臓における発現プロファイルを比較検討している。 論文中のTable1を見ると、発現が異なる遺伝子の数は、それぞれの種間でおよそ110から180の範囲である。例えばヒトとチンパンジーでは110であった。 ヒトと他の3種間で発現パターンが異なったものは19遺伝子で、そのうちヒトにおいてのみ発現量が高いものは14であった。この14遺伝子の中には5つの転写因子が含まれている。アレイ中には10%の転写因子が存在しているので、この割合は42%(5/12)と有意に高い(p=0.003)。他の種、例えばチンパンジーにおいてのみ発現量が高い遺伝子にはこのような傾向は見いだせなかった。また、この転写因子遺伝子の発現レベルの急速な進化に加えて、塩基配列の急速な進化も見られることが文献的に示されている。ヒトの進化において転写因子は重要な役割を持つのだろう。 ここで私が疑問に思うのはなぜ著者らが肝臓をサンプルとして用いたのか、ということである。 よく知られているように肝臓にはinducibleなタンパク質が多く発現している。これらの発現には転写因子も関与しており、ヒトの食生活など、他の種とは大きく異なる後天的な要因に起因する発現変化もあるのではないかと思う。むろんこのような変化は遺伝しない。こう考えると、違う組織をサンプルとして用いたほうがよいのではないかと思うが、なにか理由があるのだろう。 以前に「ヌクレオチド置換型突然変異の頻度」で紹介したダーウィンフィンチの進化に関する研究もマイクロアレイを用いたものである。今後はこういった研究が増えていくのではないだろうか。 1: Gilad Y, Oshlack A, Smyth GK, Speed TP, White KP. Expression profiling in primates reveals a rapid evolution of human transcription factors. Nature. 2006;440:242-5.
進化と呼ばれる現象に関する誤解はしばしば見いだされる。
例えばYahooの掲示板の中でも、下記のような発言がみられた。 >DNAの解析からカバが鯨になるのに六千万年掛かったことが分かっています。生物の進化というのは、そのくらいのスパンで考えて下さい。 むろんカバがクジラになったわけではなく、カバとクジラの共通祖先からそれぞれが別れたのが6000千万年前だということである。 このような誤解の延長に、「サルはいつヒトになるのか?」といった質問があるのだろう。 さて、カバとクジラの類縁関係は、本邦では東工大の岡田らによるレトロポゾンを利用した研究が著名である*1。これまでの形態などに由来する古典的系統分類では、クジラ類に対して偶蹄目は単系統であると考えられていた。しかし、彼らの研究によってそれが否定されてきている。 従来の形態的特徴による分類法による結果と、核やミトコンドリアDNAの塩基配列を元にした分類では、しばしばその結果に不一致が見いだされている。これはその一例であるといえるだろう。見た目というのは素人にもわかりやすいものだが、それは必ずしも正しいわけではないようである。現在の進化学は高度に専門化された分野となっている。 1:http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/
よく知られていることだが、タンパク質を構成するアミノ酸鎖の一次配列進化速度は一様ではない。すなわちそのタンパク質の持つ機能に関して重要な部分とそうでない部分においては進化速度に差が存在する。ヘモグロビンのヘム結合部位周辺と表面部位におけるアミノ酸置換率kaaは10倍程度の差があることが知られている*1。これは言うまでもなく、ヘモグロビンの機能においてヘム結合部位周辺のアミノ酸残基が重要な役割を果たしているためである。
Sangerによって最初にアミノ酸配列が明らかにされたプロインシュリンが3つのペプチド鎖からなる構造を持っていることはよく知られている。この中のインシュリンに変換される過程で切り捨てられるC-peptideは、かつては機能を持たないと考えられ中立進化の一例としてしばしば上げられてきた。例えば「生物進化を考える(木村資生著、岩波新書)」においてこのように記載されている。 「インシュリンについては進化におけるアミノ酸置換率は1年あたり0.4x10^-9と遅いことがわかっているが、切り離し捨てられる部分Cにおけるアミノ酸置換率はインシュリンの率の数倍になる」(p210) ところが生理的役割を持たないと考えられていたC-peptideは、1997年のScience*2で生理活性を持つことが示唆されて以来その生理活性に関する研究がなされており、性質が明らかにされつつある。その生理作用は血管内皮細胞からのNO放出の促進に関与するらしい。 C-peptideの進化速度について調べてみたところ、残念ながら原著は見つけることができなかったが、下記サイト*3において記載を見いだした。これによるとインシュリンのアミノ酸置換率kaaは0.4x10^-9/yearであるに対してC-peptideのそれは2.4x10^-9/yearと6倍の速度を示すらしい。これらのプロインシュリン分子内のペプチドにおける進化速度の違いは何に起因するのだろうか? C-peptideと同様のペプチドとして、フィブリノーゲンに由来するフィブリノペプチドがある。このペプチドのkaaは9x10^-9/year程度である。私が調べた範囲では、このペプチドには生理活性の存在は認められていない。この値に比べると小さい2.4x10^-9/yearという値はおそらくC-peptideの機能的重要性や高次構造の重要性に起因しているのだろう。 また、0.4x10^-9/year よりも大きな値は、C-peptideの生理作用がレセプター経由ではないために多少の立体構造の違いは無視できるためであるのかもしれない。あるいはC-peptide持つ生理作用の重要性はインシュリン本体よりも低いのかもしれない。 今後のC-peptideの生理作用に関する研究成果が待たれる。 1:Kimura M and Ohta. Mutation and evolution at the molecular level. Genetics.1973;73(Supplement):19-35. 2:糖尿病マウスにおいて、ヒトC-peptide投与により血管および神経機能障害が抑制あるいは低減され、また組織におけるNa+- and K+-dependent adenosine triphosphate activity活性が減少させられることが示されている。この作用はレセプター経由ではないらしい。(Ido Y. et al. Science 1997;277:531-2.) 3:http://www.primate.or.jp/PF/yasuda/40.html
大豆に含まれるイソフラボンが健康によいといわれている。このイソフラボンはフラボノイドの一種であり、フラボノイドは植物に広く存在している。例えば、色素として著名なアントシアニンなどが上げられるが、色素としての作用以外にもフラボノイドは菌性寄生生物や病原体に対する予防効果、あるいは酸化ストレスに対する防御効果を持つと言われている。イソフラボノイドは通常2位に結合しているアリール基が3位に結合しているフラボノイドであり*1、これが存在している植物種は限定されている。イソフラボノイドを持つ植物種の多くはマメ科植物である*2、3。
マメ科植物の持つイソフラボノイドの中にはphytoalexin(注1)として作用があることが知られている。これは他のフラボノイドにも共通する植物の生体防御効果の一種だと思われる。しかし、これだけではなく、マメ科に特徴的な根粒菌を根に誘引する物質がイソフラボノイドの一種であることも明らかにされている。 マメ科植物におけるイソフラボノイド類産生の出発基質は(2S)-フラバノンであり、マメ科特有のシトクロムP450分子種であるCYP93C2による触媒反応によってアリール基が転移され、2-ヒドロキシイソフラバノンが生成される(参考文献1、Fig.1参照)。 シトクロムP450(P450)は動物、植物、細菌と生物界に広く分布するモノオキシゲナーゼである。非常に多くの分子種が存在し、進化過程の早い段階で祖先遺伝子が生まれ、そこから分岐していったと考えられている。現在P450はアミノ酸配列の相同性に基づいて分類されており、40%以上相同のものをファミリー、55%以上相同のものをサブファミリーとして区分している。この分類に従うと、例えばCYP1A1と記載されることになる。 動物においては肝臓、副腎、生殖腺、脳など多くの臓器に分布しており、その生理的作用は、xenobiotics代謝、ステロイドホルモン産生、ビタミンD産生、プロスタグランジン産生と非常に多様である。植物ではオーキシンやジベレリン産生などに関与することが知られている。細胞内ではミトコンドリアと小胞体に局在している。 P450は約500のアミノ酸残基からなり、活性中心にプロトヘムを持つヘム含有タンパク質の一種である。ヘムの第5配位座がシステイン残基を介してタンパク部分と結合している。第6配位座には水が配位しており、P450への基質の結合によりここに分子状酸素が結合できるようになる。P450はその反応に2つの電子を要求する。おもな還元力はNADPHであり、小胞体ではこれはP450還元酵素を介して与えられる*4。 CYP93C2を含むCYP93CファミリーはCYP93ファミリーに含まれ、非マメ科植物に広く分布するフラボン合成酵素、CYP93Bファミリーと相同性が高い(参考文献5、Fig. 6)。先祖型のフラボン合成酵素活性を持つ P450 より現存の CYP93B が生じる一方,遺伝子重複といくつかのアミノ酸残基を含む変異の蓄積によりCYP93Cが生じたと考えられている*1、5。 また、CYP93C2はタンパク分子的に不安定であることが示されている。これはおそらく、アリール基が転移といった大きな変化を触媒するために、binding pocketが他のP450分子種よりも広いためだと考えられている。このような分子的不安定性といった進化的に不利な条件を持っているにもかかわらずCYP93C2分子が淘汰されなかったということは、CYP93C2によって産生されるイソフラボノイドの持つ生理活性、すなわち生体防御や共生などに関与する生理活性が、生存において有利であったためであろうと考えられている。CYP93C2は一酵素の遺伝子の変異が共生という現象を生み出す原因の一つとなったという例でもあり、進化という面から見ても非常に興味深い酵素である。 注1:植物が病原菌の感染を受けたときに新たに生合成される低分子量(分子量が100~500ぐらいのものが多い)の抗菌活性物質 1:http://www.brs.nihon-u.ac.jp/~bunshi/youshi3.html 2:http://www.kamoltd.co.jp/kyokai/No28/iwasina.html 3:Sawada Y, Kinoshita K, Akashi T, Aoki T, Ayabe S. Key amino acid residues required for aryl migration catalysed by the cytochrome P450 2-hydroxyisoflavanone synthase. Plant J. 2002;31:555-64. 4:大村恒雄・石村巽・藤井義明 編、「P450の分子生物学」講談社サイエンティフィク(2003) 5:Sawada Y, Ayabe S. Multiple mutagenesis of P450 isoflavonoid synthase reveals a key active-site residue. Biochem Biophys Res Commun. 2005;330:907-13. |
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